(2)知財業務への疑問

『ある知財マンの思い』

(2)知財業務への疑問

 希望した特許部門に配属された。最初は本社での研修である。研修期間がいつまで続くかはわからないが、仕事のすべてについて知らないことばかりであったため、毎日がものめずらしく、充実した時間が飛ぶように過ぎていったのである。

 私が配属された特許部には、本社機構と研究所及び複数の工場に配置された特許グループがあった。特許グループとは主として現場で発生した発明に関する特許出願、及び特許の取得、それに他社特許に対する対策検討を担当していた。本社での研修が終わると、若手の部員の多くは現場の特許グループに転勤となることが多かった。私は入社2年が経ったときに研究所の特許グループへ転勤することとなった。特許グループへ転勤を命じられるということは、ほぼ独り立ちできるという認定書を与えられたようなものと勝手に考えていて、私は新しい職場へ希望をもって赴任したのである。

 新しい職場では、発明者から発明の話を聞いて、特許出願明細書を作成する仕事が多い。研究者がたいていは原稿を書いて特許グループへ提出してくるが、私は発明者と話すことが重要であると考えて、原稿に手を加えるときには、なるべく事前に発明者と話すことにしていた。自分は原稿のこの部分をなぜこのように直すべきと思ったのか、というようなことを発明者に伝えることが重要だと思ったからである。私が思ったことを発明者が了解してくれれば、発明者が次に原稿を書くときは、特許明細書の原稿を作成する実力が一歩上がっているはずである。そうすれば私はさらに高度なことに注力でき、明細書の内容はさらに向上されると思ったのである。

 しかし、仕事に慣れてくるほど、次第にあることが疑問に感じられてきた。それは、わたしがやっている仕事の意味である。特許出願数はかなりの数にのぼっている。総合化学会社と呼ばれる中ではトップである。また権利化にも注力して、毎年かなりの数の特許が成立する。しかし、数多くの特許出願をし、数多くの特許を成立させたら一体何がどうなるのだろうか。先輩や上司からは、特許の重要性は出願してから何年もたたないとわからないといわれる。出願するときに重要性がわからないものに、力をいれることができるだろうか。力を入れるとしても、どのくらい入れればよいのかがわからない。そういえば、特許出願について考えれば、どこまで内容を吟味すれば、あるいはどこまで権利範囲を広げれば良いのかということについてははっきりした答えがない。これは不思議である。こんなことでいいのだろうか。

 また、特許が成立しても特許のライセンスがほしいという声さえどの会社からも聞こえてこない。特許が成立すると、成立したということが発明者および関係部門に連絡されるだけである。こうして、出願件数は毎年かなりの数にのぼり、研究室によっては毎年の出願件数のグラフが、営業部の営業成績のように書いて張り出されるのだろうか。そして年頭には今年の出願件数の目標が掲げられるのかもしれない。

 特許出願や特許の取得は、企業にとってどういう意味が有るのだろうか。そういうことに、きちんと答えてくれる人はだれもいないのである。

 不思議な世界である。特許は事業をするための武器となるとも言われる。しかし事業と特許の関係なんて考えたこともないし、教えてもらったこともない。特許部門だけではなく、研究者も、事業部の人も、経営者も、みんな特許は重要だというが、なぜ重要なのかということに答えてくれた人はいない。特許とはかくも不思議なものである。

 私は自分のしている仕事の意味を知りたかった。自分の仕事が会社にとって無くてはならないものであると思いたかった。そしてなによりも、研究者や事業部の人から、特許部門の必要性や自分の存在の重要性を認めてもらいたかった。わたしは、仕事に慣れていけばいくほど、自分の仕事には何かが足らないと思うようになったのである。



長谷川曉司氏 プロフィール

1949年 愛知県生まれ。
1972年 大阪大学工学部応用化学科卒業。
1974年 東京工業大学大学院化学工学修士課程修了。同年、三菱化成(現・三菱化学)入社。
1977年 弁理士資格取得。
1986~91年 三菱化成・米国法人駐在員としてニューヨークに駐在。
2003年 知的財産部長に就任、特許戦略の考え方および方法論を確立して実行する。
2009年6月 三菱化学退職
2009年9月 長谷川知財戦略コンサルティング設立

経営の中での【事業に勝つための特許戦略とは何か】を誰にでもわかりやすく解説、実践することを旨とする。

『ある知財マンの思い』

『御社の特許戦略がダメな理由』(中経出版)の著者である、長谷川曉司氏のコラムを連載します。
長谷川氏とは縁あって出版のお手伝いをさせていただき、DTPは弊社デザイン・制作部で行いました。長谷川氏は、知的財産コンサルタントとして、講演など、幅広く活躍されていました。

長谷川曉司氏は、平成23 年に逝去されました。謹んでご冥福をお祈りいたします。

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