(5)他社特許対策の難しさ

『ある知財マンの思い』

(5)他社特許対策の難しさ

 他社特許対策は重要な仕事

 今回は、他社特許対策に関して話をしたい。
 他社特許対策は知財部門にとって極めて重要な業務である。今までの話の流れで行くと、企業を守るためには必須の仕事である。この仕事をきちんとしないと、他社から特許侵害訴訟で訴えられ、莫大な損害賠償を取られ、または事業を中止なければならないということになり、企業の存立が危うくなるということになるかもしれない。
 最先端を走っている研究ならば、他社特許対策で問題となる特許も多くはないだろう。だから研究者には是非最先端を独走してもらいたいものである。しかし実際はそうでもないことが多い。横並びの競争か、または後追いの研究ということもある。そうなると他社の特許の存在が大いに気になるところである。
 研究成果があがっても他社の特許をクリアーできなければ事業化へは進めない。他社の特許の調査は十分行われており、問題となる特許はリストアップされているが、その中の一つがどうしてもクリアーできない、ということもある。

 問題の特許をどうするか

 問題の特許はプロセスを規定した特許であった。そのプロセスは、基本的な発明とは言えないが、ある点の改良を目指した技術で、現在進めている研究テーマの問題点をクリアーするにはぴったりの技術であった。プロセスの特許であるから、仮にこの技術を採用しても特許権者にはわからない可能性が高い。しかし実施をするためにはある投資が必要であり、他社の特許をクリアーできない技術に投資するということは問題がある。
 知財部門の担当者としては、こういうときにどういうことを考えるだろう。
 研究者に他社の特許との関係を話し、理解してもらって特許に抵触しない技術開発に矛先を向けるということが一番好ましいように思える。要するにこのままいけば特許に抵触することになるということを前提として解決策を考えることである。
 本来そうすべきであるが、現場の研究者といつも顔を合わせていて、研究者の苦労を十分わかっている知財担当者としては、なにかうまい考え方を提案して、現在研究中のプロセスは、他社特許に抵触しないという結論は出せないものかと思うのである。

 抵触しないという理論を作った

 さんざん考えた挙句、ある考え方をしたら抵触しないと言えそうだという知恵が浮かぶことがある。特許を何度も読み、自社の技術と比較し、公知の技術も参考にすると、今自分が考えたことは間違っているとは思えない。だんだん確信に近いものが感じられるようになった。
 そして研究者及び関係する事業部の人に来てもらって私の考え方を説明することにした。いつもは研究者の開発した技術について、他社の特許に抵触するからだめだということばかり言っている。研究者からの風当たりも相当強かった。しかし今日は違う。普通ならだめだというところだが、知恵を出して大丈夫だという考え方を作った。上司にも報告してなんとか納得してもらった。
 他社特許対策について、知財部門の検討結果の報告会というものを必要に応じて開いていた。その時になるべく事業部の人も出席を依頼することにしていた。他社特許に関する情報は事業をする上にも必要だと感じていたからである。
 またいつものように、特許に抵触するという話をするのだろうと思って参加していた人も多かったのではないかと思う。しかし今日は違う。そう思って、特許の説明、自社技術の説明、検討結果という順で説明していった。私が特許に抵触しないという説明したとき、思ったほどの反響は感じられなかったが、特許に抵触しないという結論になったことに関しては、感謝の言葉があった。
 私は思ったほどの反響がなかったことには少し驚いたが、素直に感謝の言葉に納得したのであった。そしてこの案件は終了したということで、検討結果の報告書を提出したあとは、忘れてしまっていたのである。

 説得力がなかった理論

 この件が再び私の前によみがえったのは、一年ぐらい経過した頃であった。何かの懇親会のような集まりの時に、この技術の話になった。その話をしたのは、直接担当ではなかった研究者からであった。私は、その件は無事に進んでいるかと尋ねたのであるが、その研究者は、たしかその件は他社の特許との問題が有り中止になったと言ったのである。
 私は驚いた。知財部門の見解として、特許には抵触しないと説明したのであるが、その結果が研究に反映されなかったのである。不思議であった。研究者は多くの場合特許に抵触しないという結論が出ないものかと私に迫ったものである。私もなんとか抵触しないという結論が出せないかと思い悩むのであるが、やはりそのような結論は無理ということが多かった。しかし今回は違う。私は抵触しないという考え方を構築して論理的に結論を出したはずであるが、その結論が研究者側(及び事業部側)に採用されなかったということになる。

 知財部門が考えるべきこと

 なぜだろうか。私は思った。研究者側は、いつも知財部門に対して圧力をかけ、自分たちの望む結論を期待するのであるが、それは信頼できるものでなければならないということである。今回の結論は確かに理論的に間違っているわけではないが私の一方的な理論であり、逆の理屈もあるかもしれない。
 研究者は特許のプロではないが、常識的に物事を判断することはできるのである。私の出した結論は、そういう考え方も確かにあるという位置づけのものだったのである。研究者は私の考えにある危険性を感じたのではなかろうか。
 私は、私の出した判断を深く反省した。私たち知財部門の判断は、その結果が自社にとってたとえ都合が悪いものであっても、また良いものであっても、専門家の意見として誰も納得できるものでなくてはならない。そしてその結論を前提にして研究、事業の進め方を考えなければならない。
 我々専門家の意見がネガティブなものであったら、そのネガティブなところをテーブルの上に出し、事業計画を進めるとしたら、そのネガティブなところをどう解決するかという議論を、他社特許に対する専門家の判断とは別に企業判断あるいは事業判断としてしなければならないのである。
 したがって知財部門は、抵触関係の判断は正確に行い、その判断を参考に、実際の事業判断をどうするかという議論にも参加する必要がある。そうでなければ、知財部門の仕事としては不十分と言わざるを得なのではないだろうか。

長谷川曉司氏 プロフィール

1949年 愛知県生まれ。
1972年 大阪大学工学部応用化学科卒業。
1974年 東京工業大学大学院化学工学修士課程修了。同年、三菱化成(現・三菱化学)入社。
1977年 弁理士資格取得。
1986~91年 三菱化成・米国法人駐在員としてニューヨークに駐在。
2003年 知的財産部長に就任、特許戦略の考え方および方法論を確立して実行する。
2009年6月 三菱化学退職
2009年9月 長谷川知財戦略コンサルティング設立

経営の中での【事業に勝つための特許戦略とは何か】を誰にでもわかりやすく解説、実践することを旨とする。

『ある知財マンの思い』

『御社の特許戦略がダメな理由』(中経出版)の著者である、長谷川曉司氏のコラムを連載します。
長谷川氏とは縁あって出版のお手伝いをさせていただき、DTPは弊社デザイン・制作部で行いました。長谷川氏は、知的財産コンサルタントとして、講演など、幅広く活躍されていました。

長谷川曉司氏は、平成23 年に逝去されました。謹んでご冥福をお祈りいたします。

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